第215回華園盃台湾男子プロツアー
4月12日・13日の二日間にわたって
華園盃全國職業撞球排名賽第215站(台湾男子プロツアー)が行われた。
会場は台南県郊外の善化(サンファ)にある、
「天佳育樂館」は、総合娯楽施設で
1階がエビの釣堀、2階がカラオケボックス、3階がビリヤードとゲームセンター。
優勝は『少年球王』 陳英傑。
彼は、2002年のジュニア世界チャンピオン。
翌2003年には、イギリスのカーディフで開催された
(大人の)世界選手権でもグループステージをトップで通過、
ベスト64入り。
(確か2004年も)
[2002年ジュニア世界選手権は、その頃女子世界選手権とセットで開催だったので
わたしも彼が優勝した試合を現場で目撃できたんだけれど・・・
いやー、すごかった!
若き日の楊清順を彷彿させる、パワフルブレイク、攻め攻めの高速マスワリ!
対戦相手(アメリカ代表)と大人と子供くらいの格の違いを感じさせる内容とスコアでの勝利だった。
とてもじゃないけどジュニアのレベルじゃない!と驚いたものだ。]
そしてわたしが台湾に住むようになった頃、
隣町の高雄に住んでいた陳英傑と試合会場などでちょくちょく顔をあわせるようになり・・
ひとなつっこい彼はまだ中国語が話せなかったわたしに
いつも「アキコー」って自分から声をかけて、片言英語で話しかけてくれた。
ジュニアの頃の勢いを考えると、
どんなに活躍するんだろう!と期待させられたのに、
ここのところ成績は振るわず・・・久しぶりの返り咲きとなった今回は、
準決勝では余豊照相手にヒルヒルと競るも、
決勝戦では天下の楊清順相手に、ほとんどチャンスを与えず
「撞かせなければ、相手が誰でも関係ない」というレベルの球を展開、13−5の圧勝。
前回3位につづき準優勝に終わった『撞球の申し子』楊清順。
ベスト8の相手は最近好調の呂輝展。
楊、序盤まったくチャンスが無く、呂輝展の一人舞台。
あらら、という間に4−10?で呂リーチ。
そこからのまくりは、それだけで観に行ってよかった!とおなかいっぱいになるすごさ。
そのしぶとさで、ギネスツアーがんばってね。
3位タイに入った『扶桑剣客』古田和男(元JPBA)も古い友人で
台湾育ちの彼が日本に留学していた頃、
渋谷のCUEの常連どうしだった。
若き世界チャンプ呉珈慶を「料理」したベスト8での撞きっぷりは完全復活を宣言する内容だった。
セイフティを多用して呉の爆発的な攻撃力を封じ、チャンスをものにしたらすかさす取り切り、パワーブレイクからマスワリ。5−5から6連取、強敵を11−5で斬り捨てた。
楊清順を下して優勝の陳英傑 。

写真は、ジャパン・オープンで来日した際、遊びに寄ってくれて、
きゅうきょチャレマを開催したミスター・スポーツマン中延店にて。
長くなるのでトーナメント表は、次の記事で。
華園盃全國職業撞球排名賽第215站(台湾男子プロツアー)が行われた。
会場は台南県郊外の善化(サンファ)にある、
「天佳育樂館」は、総合娯楽施設で
1階がエビの釣堀、2階がカラオケボックス、3階がビリヤードとゲームセンター。
優勝は『少年球王』 陳英傑。
彼は、2002年のジュニア世界チャンピオン。
翌2003年には、イギリスのカーディフで開催された
(大人の)世界選手権でもグループステージをトップで通過、
ベスト64入り。
(確か2004年も)
[2002年ジュニア世界選手権は、その頃女子世界選手権とセットで開催だったので
わたしも彼が優勝した試合を現場で目撃できたんだけれど・・・
いやー、すごかった!
若き日の楊清順を彷彿させる、パワフルブレイク、攻め攻めの高速マスワリ!
対戦相手(アメリカ代表)と大人と子供くらいの格の違いを感じさせる内容とスコアでの勝利だった。
とてもじゃないけどジュニアのレベルじゃない!と驚いたものだ。]
そしてわたしが台湾に住むようになった頃、
隣町の高雄に住んでいた陳英傑と試合会場などでちょくちょく顔をあわせるようになり・・
ひとなつっこい彼はまだ中国語が話せなかったわたしに
いつも「アキコー」って自分から声をかけて、片言英語で話しかけてくれた。
ジュニアの頃の勢いを考えると、
どんなに活躍するんだろう!と期待させられたのに、
ここのところ成績は振るわず・・・久しぶりの返り咲きとなった今回は、
準決勝では余豊照相手にヒルヒルと競るも、
決勝戦では天下の楊清順相手に、ほとんどチャンスを与えず
「撞かせなければ、相手が誰でも関係ない」というレベルの球を展開、13−5の圧勝。
前回3位につづき準優勝に終わった『撞球の申し子』楊清順。
ベスト8の相手は最近好調の呂輝展。
楊、序盤まったくチャンスが無く、呂輝展の一人舞台。
あらら、という間に4−10?で呂リーチ。
そこからのまくりは、それだけで観に行ってよかった!とおなかいっぱいになるすごさ。
そのしぶとさで、ギネスツアーがんばってね。
3位タイに入った『扶桑剣客』古田和男(元JPBA)も古い友人で
台湾育ちの彼が日本に留学していた頃、
渋谷のCUEの常連どうしだった。
若き世界チャンプ呉珈慶を「料理」したベスト8での撞きっぷりは完全復活を宣言する内容だった。
セイフティを多用して呉の爆発的な攻撃力を封じ、チャンスをものにしたらすかさす取り切り、パワーブレイクからマスワリ。5−5から6連取、強敵を11−5で斬り捨てた。
楊清順を下して優勝の陳英傑 。

写真は、ジャパン・オープンで来日した際、遊びに寄ってくれて、
きゅうきょチャレマを開催したミスター・スポーツマン中延店にて。
長くなるのでトーナメント表は、次の記事で。
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